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ホーストラスト北海道でセイコーライコウ、ラスカルスズカらと

  • 2018年04月26日(木) 12時00分


 先日、元競走馬がいる養老牧場「ホーストラスト北海道(http://www.horse-trust.jp/hokkaido.html)」を訪ねた。

 代表の酒井政明さんとは、東日本大震災の被災馬取材で知り合ってから7年の付き合いになる。「競走馬の余生をいかにケアするか」という難しい問題にひとつの答えを提示している成功例として、こういう施設がある、と知らしめることが、私にとって大切な仕事のひとつだと思っている。

 とか何とか言いながら、実はここは、執筆に疲れたときなど、ぶらりと遊びに来たくなる場所でもある。本場の所在地は、積丹半島の付け根の岩内町。札幌から2時間弱のドライブで着く。

事務所前の放牧地。左がセイコーライコウ、右がカーリーエンジェル


 上の写真のセイコーライコウ(セン11歳)は、2014年のアイビスサマーダッシュなどを勝ったスプリンターだった。

「短距離馬だから気性で走るタイプだと思っていたのですが、おとなしいんです。来たばかりのころは、ほとんど目が見えないポートブライアンズを守るように近くにいたのですが、牝馬を放牧地に入れたら、牝とばかり一緒にいるようになりました」と酒井さんは笑顔を見せる。

 今、セイコーライコウは、いつも大好きなカーリーエンジェル(牝28歳)のそばにいる。カーリーはダイナカールの娘で、エアグルーヴの姉として、また、エガオヲミセテ、オレハマッテルゼなどの母として知られている名牝だ。

 いろいろな種類の、世代の異なる馬たちが、美しい自然のなかで、のんびりと過ごしている。ここにいる馬たちにとっての目標は「幸せに生きること」だ。生産牧場や育成牧場のように「速く走り、強くなる」といった能動的なテーマは課されない。

 人間側から見ると「ただ飼っているだけ」と思われるかもしれないが、ここに通うようになって初めて、馬という生き物を「ただ飼うこと」の難しさを知った。厩舎や放牧地をつくって維持するだけでも大変なのに、高齢馬が多いので、24時間、体調の変化をチェックしなければならない。と、私があれこれ言うより、酒井さんの睡眠時間が、おそらく平均3時間もなさそうだと記せば、十分伝わると思う。

 ここでは、難しいことを、人も馬も、そうは見せず幸せそうにしている。そんな彼らを眺め、ともに過ごす時間が至福なのである。

右がコスモオオゾラ、中央がヤマニンキングリー


 12年の弥生賞を勝ったコスモオオゾラ(セン9歳)は昨年の3月、美浦の乗馬苑からここにやって来た。

「若いと馴染むのも早いですね。人なつっこい性格ですが、馬に対しては強いんです」と酒井さん。

 前に私が来たとき、この放牧地にはカーリーエンジェルと、これもカーリーのことが好きなサンデーズシスなどがいた。馬同士の相性などを見ながら、居場所も変えているのだ。

「以前ボスだったエイシンキャメロンとコスモオオゾラを同じ放牧地に入れたら、キャメロンがすごい傷を負ったんですよ。上下関係が明らかになると仲よくなるんですけど、まだハッキリ決まっていないので、2頭は別の場所に入れるようにしたんです」

 なるほど、群れの平穏を保つためには人間の観察眼が必要になるのか。

ラスカルスズカと酒井政明さん。


 武豊騎手の手綱で00年の万葉ステークスを勝ち、阪神大賞典と天皇賞・春で2着になったラスカルスズカ(セン22歳)は、昨年4月に仲間入りした。札幌の乗馬クラブに3年ほどいてからノーザンホースパークに移り、怪我が治らないのでここに来たという。

「ファンが多くて、見学に来る人がたくさんいます。基本的にひとりでいるのが好きみたいですね。ケンカが弱いのに威張るんです」と酒井さんは微笑む。

共和町の分場にいるパッションダンス。奥に岩内港が見える。


 岩内の本場からクルマで10分ほどの共和町の分場には、昨年の夏前に加わったパッションダンス(セン10歳)がいる。ノーザンファームの生産馬で、栗東・友道康夫厩舎に所属していた。13、16年の新潟大賞典、15年の新潟記念などを勝っている。左後ろ脚のつなぎを骨折したためボルトが入ったままだが、今は痛がっていないという。

「穏やかで、賢い馬です。現役時代に担当していた厩務員さんがスポンサーになってくれたんです。調教師さんも、困ったことがあったら連絡してくれと言ってくれているのが嬉しいですね」

 ホーストラスト北海道が開場したのが2009年。来年10周年を迎える。現在、全部で35頭の馬がいて、うちサラブレッドは31頭。

 この仕事のやり甲斐は、と訊ねると、酒井さんはこう答えた。

「新たに入ってきた馬が、環境や仲間に溶け込んだときが嬉しい。居場所ができるのを見ているのが楽しいんです」

 馬を受け入れてほしいという申し出には、極力、すべて応じるようにしたいという。スタッフは常時募集中とのことだが、馬の手入れのほか、今なら冬場に溜まったボロを散らして芝の種を蒔き、新たな放牧地を整備するなどのハードワークが待っている。

 次に訪ねるとき、人間のニューフェイスがいるかどうかも楽しみにしたい。

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作家。1964年札幌生まれ。Number、優駿、うまレターほかに寄稿。著書に『誰も書かなかった武豊 決断』『消えた天才騎手 最年少ダービージョッキー・前田長吉の奇跡』(2011年度JRA賞馬事文化賞受賞作)など多数。netkeiba初出の小説『絆〜走れ奇跡の子馬〜』が2017年にドラマ化された。最新刊は競馬ミステリーシリーズ第6弾『ブリーダーズ・ロマン』。プロフィールイラストはよしだみほ画伯。

関連サイト:島田明宏Web事務所

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