2005日本ダービー特集

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レース名ガイド

競走馬が目指す頂点のレースとして、多くの名勝負、名ドラマを生みファンを魅了してきた日本ダービー。ここでは、創設に込められた思いや、舞台となる東京競馬場の過去から現在などを通じ、日本ダービーの由来と歴史を紹介しよう。

1932年目黒競馬場で初開催
栄えある優勝馬はワカタカ

第1回が行われたのは、1932年4月24日。英国のThe Derby Stakes(ザ・ダービー・ステークス)に相当する3歳馬の大レースを設け、競走体系の確立と競走馬の資質向上を図ろうという東京競馬倶楽部の提案から同レースは誕生した。名称は「東京優駿大競走」。目黒競馬場で、現在と同じく芝2400mで行われた。

当初、日本の競走馬は欧米の競走馬に比べ、成長が遅いと言われていたことから、3歳秋の施行も検討されていたが、当時のホースマン達の「はやく欧米に追いつくように」という願いも込められ、欧米と同じ3歳春に施行された。

第1回当日は、天気が悪かったといわれているが、それでも19頭が出走。その中で栄冠を手に入れたのは、当時としては破格の9万8076円(現在に換算すると約6億円)という高値で購入されたトウルヌソル産駒・ワカタカだった。

第3回から東京競馬場で施行
そして21世紀の現在へ

1907年に開設された目黒競馬場だが、その後の周辺の開発により移転を余儀なくされ、1933年、府中に東京競馬場を開場。同年11月18日に現在の競馬場がオープンし、1934年(第3回)以降は東京競馬場で行われている。

また、その後、レース名も幾度か変更され、1〜6回は東京優駿大競走。7〜14回は東京優駿競走。15、16回は優駿競走となり、17回目から現在の東京優駿がレース名として使用されている。

開催競馬場である東京競馬場は、1968年からスタンド老朽化による改築工事が繰り返され、2000年にJRAは、3期に分けて行われる大規模な施設整備計画(2007年春完成予定)を発表。今年5月の2回東京開催には第2期の工事が終了し、インターネットカフェやアミューズメント施設を備えたメインスタンドが公開されている。

皐月賞に続く3歳牡馬クラシックの二冠目である日本ダービーは、半世紀以上の歳月を経た現在でも、競走馬が目指す頂点のレースとなっていると共に、「競馬の祭典」と呼ばれ、競馬ファン以外の人々までもが高い関心を寄せる大レースとして定着。2001年からは外国産馬の出走も可能となり、最大4頭までが出走可能となっている。

東京スタンド

5月に公開された新スタンド

欅

第3コーナー内側の大欅(ケヤキ)。地名の由来となった井田摂津守是政の墓がある。祟りを恐れ、切ることはできない。

ゴール前富士山

天気の良い日には富士山もハッキリと見ることができる。